こんにちは、べすとびじょん久保田です。
今日は、小学校の通級の先生との個別相談で生まれた、
とても大切な“気づき”のお話を皆さんと共有したいと思います。
支援の現場にいると、子どもたちは毎日小さな変化を見せてくれます。
けれど、それが「伸びているサイン」だと気づけるかどうかは、
大人側の“見方”によって大きく変わります。
今回の相談で、私は改めて
「支援者の気づきは、子どもの未来を変える」
という真実を深く感じました。
■ タオル一枚が、子どもの安心につながった瞬間
相談に来てくれた通級の先生は、
ある一年生の男の子にどう関わればいいのか悩んでいました。
その子は、触覚に敏感さと鈍さが混ざったタイプのお子さんです。
触ったり、衝動的に動いたり、「落ち着きがない」と先生方から言われがちな子どもです。
先生はこう話してくれました。
「教えてもらった“タオルで包む方法”、
やってみようとしたけど自信が持てなくて…。
でも実際やってみると、
タオルで身体を包んであげた瞬間、
その子の呼吸がふっと落ち着いたんです。」
大人が正しく関わると、
こんなにも子どもは安心できる。
私はその姿を見ながら思いました。
安心は、支援のスタートライン。
これを知らなければ、どんなトレーニングもただの“作業”になってしまいます。
■ 行動だけを見ていたら、子どもの本当の気持ちは見えない
次に出てきた相談は、別の一年生の男の子の話。
その子は食べ物の食感が苦手。
少し触られると身を引いてしまう。
階段が怖くて、ゆっくりしか降りられない。
そして最近は、声が勝手に出てしまう“チック”のような動きも起きていました。
でもその背景には、
「不安」や「自分を責めやすい気質」 が隠れていました。
友達が泣いた時に声が出てしまったのも、
「自分のせいかもしれない」と感じたから。
行動だけを切り取ってしまうと、
子どもの心が見えなくなる。
でも、心の動きを読めるようになると、
子どもの行動の意味がふっと理解できる瞬間があるんです。
それが“見立て”という考え方の入り口だと思ってます。
ポイントはその子の現れた行動や言動から、なぜそうなのかの背景を想像すること
が大切なのだと思います。
そして通級の先生は、その入口に立っていました。
その姿を見て、私は心から嬉しくなりました。
■ メニューを増やすより、“つながる瞬間”を育てる
相談の中で先生がふと漏らした言葉がありました。
「先生と話していると、時間の中にあれこれ入れすぎて、
一つ一つの成長に繋げきれてない気がします…」
これ、支援の現場では本当に多い悩みです。
たくさんのメニューをこなしても、
子どもが“できるようになった気がしない”なら、
それは本当の成長ではありません。
大事なのはたったひとつ。
「この子が、つながる瞬間をつくれたか」

ひとりで立った瞬間かもしれない。
初めてボールを見てキャッチできた瞬間かもしれない。
「わかった!」と顔が輝く瞬間かもしれない。
その“瞬間”が、子どもの神経回路が繋がる瞬間で
脳内からは常習性の高いドーパミンが出る瞬間でもあります。
その感覚が達成感に繋がり、未来の学びを支えます。
だから私は先生に伝えました。
「たくさんやらなくていいんです。
深くつなげる、その一歩を一緒に作りましょう。」
■ “どうやったらできると思う?”は、魔法の言葉
支援の中で私がとても大事にしている言葉があります。
「どうやったらできると思う?」
叱らない、
押しつけない、
答えを与えない。
この一言は、子どもの中に眠っている”考える力”をそっと目覚めさせます。
そして、その瞬間こそが
べすとびじょん式ビジョントレーニングの真骨頂。
体だけの支援でもなく、
勉強だけの支援でもなく、
“気づきを育てる支援”
なのです。
通級の先生はその意味を深く理解し、
最後にこう言ってくれました。
「私ももっと、この子の“気づける瞬間”を大事にしたいです。」
その言葉が、本当に嬉しかった。
■ 支援者が学び続けると、子どもの未来が変わる
支援者が一歩深く子どもを理解しようとすると、
子どもは十歩分伸びます。
これは本当にそうなんです。
今回の相談は、
そのことを改めて実感する時間でした。
私は支援のプロとしてだけではなく、
同じように学び続ける“伴走者”として、
これからも先生たちと歩きたいと思っています。
■ 最後に
子どもは必ず伸びます。
ただその伸び方が、
その子にとって“わかりやすい形”ではないだけ。
でも、学びを深めることで、
必ずその子が見せているサインはすぐに見えるようになります。
もし今日のブログを読んで
「もっと深く知りたい」
「支援の本質を学びたい」
「自分も子どもの気づきを育てられる人になりたい」
そう思ってくださった方がいたら、
それはとても嬉しいことです。
私たちの学び場は、
支援者、保護者、指導者、誰でも歓迎です。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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